文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

工藤千翔|絹本作品に用いられる補修絹の劣化促進処理方法の検討
山形県出身
杉山恵助ゼミ

 絹に描かれた作品を修復する行程の1つに、はがれ落ちてしまった欠損部に絹を補う補絹という作業がある。現在の装潢文化財修理分野では、欠損部に補う絹(以下補修絹)として絹に電子線を照射し人工的に劣化させた電子線劣化絹が使用されている。しかし、電子線劣化絹は一般的に販売されておらず、入手するにも手間と高額な費用がかかる。そのため、電子線劣化絹に替わるより入手しやすい補修絹の必要性を感じた。本研究では、先行研究で紹介されている劣化方法の中から、身近な環境で劣化処理を行うことができる恒温槽での劣化処理に着目した。そして、恒温槽の温度と劣化時間が絹の色や脆弱性にどのような関係があるのか検討すること、劣化させた絹と電子線劣化絹の劣化度合いを比較して電子線劣化絹の色や脆弱性により近い絹を見出すことを本研究の目的とした。
 まず、未加工の絹、湯引き(絹にお湯を塗布)した絹、礬水引き(絹にそれぞれ濃度の異なる2種類の礬水を塗布)した4種類の絹を160℃、140℃、130℃、120℃の温度で劣化させ、試料を作製した(図1)。その後、作製試料と電子線劣化絹を“色の変化”“折り曲げ時の強度”“削り易さ”の3項目で劣化度合いの比較を行った。色の変化は色差計を用いてLab*値を測定し(図2)、折り曲げ時の強度は試料を半分に折り曲げた際の強度や状態を確認した。削り易さは実際の補絹作業である“絹を削る行程”を行い作業性の確認をした(図3)。この結果、絹を低温で劣化させるほど黄変化と脆弱化は緩和され、加工方法によっても劣化度合いに差が生じることが分かった。礬水引きは、強度低下は早いが作業性の観点では補修絹として推奨できないものとなり、湯引きした絹がより補修絹として適していると判明した。さらに、本研究で得た絹の中で脆弱性や作業性が電子線劣化絹に近い絹を見出すことはできたが、黄変化が著しく、絹の色が濃い作品には補修絹として対応できるが、色の薄いものには使用できないことが分かった。この色の制限はあるものの、湯引きした絹を120℃より低温で長時間加熱させることで、電子線劣化絹により近い脆弱性、作業性をもつ絹を得られるのではないかと考える。また、実際に補修絹として使用するには絹の劣化状態を走査型電子顕微鏡などでより詳細に観察することや、効率よく補彩するための親水性があるか検討する必要がある。

1.恒温槽に入れた試料

2.色差計を用いた色測定

3.絹を削る様子