文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

片岡円佳|合成樹脂塗料の劣化対策に関する基礎研究
茨城県出身
佐々木淑美ゼミ

 現代アートに用いられる素材は多種多様であり、プラスチックなどの新素材もしばしば用いられる。合成樹脂は紫外線や水によって急速に劣化が進行することが知られており、野外の作品に使用された場合には、より一層劣化の進行が速い。制作からあまり時間が経っていない現代アート作品では、まだ顕著な劣化が生じていないものもあるが、なかには深刻な劣化によって何度も修復されている作品もあり、劣化事例は今後増えていくと予想される。
 札幌芸術の森美術館所蔵のマルタ?パン作《浮かぶ彫刻?札幌》は、ポリエステル樹脂とウレタン系樹脂塗料を用いて制作されている現代アートであり、これまで度々劣化し、その都度修復が実施されてきた。毎年11月から冬季養生のため池から引き上げられ、その際に、陸上にて清掃作業を実施した後に、カーワックスを塗布することで作品の保護を図っている。しかし、昨年度の飯田恵氏による卒業研究の結果から、カーワックスの保護効果が十分でないことがわかった。
 劣化の進行を抑え、修復の間隔を長くし作品表面の塗りなおしを極力減らすことは、作品の維持にとって重要である。そこで、本研究では、《浮かぶ彫刻?札幌》を主対象として、容易に手に入るワックスを用いた管理を前提とし、より適切なワックスを提案することで毎年のワックス塗布による効果を高め、作品の保護を図ることを目的とし実験を実施した。
実験では、ワックスを塗布した試料板を1?2ヶ月間、紫外線実験と浸漬実験に供し、表面状態の観察、色調計測、そしてF T -I R分析からワックスの効果を評価した。
 最も紫外線と水による劣化を防ぐことができたワックスには様々な高分子材料が含まれており、これらはそれぞれ界面活性剤としての効果を有している。それらが複合的に効果を発揮し、ウレタン樹脂の酸化や加水分解を抑制することができると考えられる。また白色のワックスは色調の結果が良好だった。このワックスは、色調を維持する点では1か月後までは十分評価できるものであった。
 今後の課題として、サンプル数を増やし均質なデータをより多く得ること、 計測間隔を狭めて効果が失われるタイミングを把握することが必要である。また、本研究で使用したワックスと成分の異なる他のワックスの検討も進めていく必要がある。

1.マルタ?パン《浮かぶ彫刻?札幌》

2.紫外線劣化実験後のサンプル

3.浸漬実験後のサンプル表面