文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

平田悠季|特定温度下におけるPEGの湿度への耐性
埼玉県出身
佐々木淑美ゼミ

 文化財を長期にわたって保存するということは重要な課題である。その中でも、出土遺物は、当時の生活や暮らし、あるとき何があったか等を克明に表す極めて貴重な資料である。出土遺物は、土器や石器、鉄器、木質遺物など様々な素材で構成されている。特に、木質遺物や樹皮、蔦などによる編組製品は、土中で残存できる条件が厳しく、完全な状態では出土しない場合が多い。低酸素で温度が低く、微生物の活動が乏しい泥湿地などの環境では、比較的残存しやすいが、出土したとしても状態が良くない場合も多い。特に出土木製品は、出土した状態のままでは急激な環境変化により変形するなど、何もしないまま保存することは難しい。そのため保存するにあたっては、遺物内部の水分を薬剤等に置換し安定させる方法をとる場合がほとんどである。この薬剤には主にPEGが使用される。約50年前から、出土した木質遺物の保存処理薬剤としてPEGは広く使用されてきた。しかし、その劣化事例の報告は増えている。主な劣化の事例としては、PEGを含浸した木質遺物からPEGが染み出してしまう、またひどい場合はそれが木質遺物の表面で再度固まってしまい、外観に悪影響を及ぼすというものである。先行研究の試料では、PEGの木質遺物から染み出しや、その形跡が確認される。しかし、どの程度の温度と湿度がかかったのか不明であったり、80℃を超える高温で熱加速劣化を行っていたりするため、温度、湿度共にどの程度で溶け始めるのかという点においては不明であった。そこで本研究では、実際にPEGが溶けた形跡のある山形市東青田の郷土資料収蔵所の保管庫内温度を基準として、どれくらいの湿度においてPEGが融解を始めるのかその閾値を確認するための実験を行った。
 実験の結果、温度40℃の条件下では相対湿度75%以上で、温度30℃においては相対湿度83~90%でPEGのブロックは溶解を始めるのではないかということがわかった。これらの温湿度条件は実際の収蔵庫や保管庫において十分あり得る数値であり、除湿器などを用いてこの数値以下の温湿度条件にすることができれば木質遺物からのPEGの染み出しを抑えられると考えられる。

1.実験開始1週間目

2.溶けてきた様子

3.実験終了後