文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

[優秀賞]
竹谷優菜|ビネガーシンドロームを発症した映画?写真フィルムの保存に関する研究
青森県出身
佐々木淑美ゼミ

 映画、写真撮影に昔から使用されてきたフィルムの経年劣化が問題となっている。特に問題視されているのが、TACベースフィルムが引き起こすビネガーシンドロームと呼ばれる劣化現象である。このビネガーシンドロームに対応するには、フィルムがビネガーシンドロームを発症しないように厳しく保存管理をするか、ビネガーシンドロームの進行を保存剤や冷凍保存によって遅らせることしかできない。
 本研究では、TACフィルムに生じるビネガーシンドローム等の劣化に対し、将来的にどのような対策を取っていくべきか具体的に検討することを目的として、フィルム劣化実験、酸性劣化を測る試験紙ADストリップスとガス検知管を使用したフィルム所蔵施設の調査、保存剤?較実験を実施した。
 フィルム劣化実験では、①高温高湿度、②紫外線、③冷凍→常温で解凍、④常温の4つの環境に試料を供して、約1年間の変化を観察した。その結果、4つの環境の中で紫外線が最もフィルムに悪影響を及ぼすことが明らかとなった。
 施設調査では、2つの施設の所蔵フィルムを対象とし、ADストリップスを使用した劣化度調査を実施した。今回2つの施設調査において、ビネガーシンドロームの発症?進行が見られ、そこには施設の管理状況や収蔵室の狭溢化などと相互関係が見られることを報告した。
 そして、保存剤?較実験では、脱ガス?調湿等の効能を持つとされる保存剤が、ビネガーシンドロームを発症したフィルムに対し、実際どの程度の効力があるのか調べるため、計6種類の保存剤(市販品?粉末含む)を調湿?吸収剤として使用し、それぞれ酢酸ガスの吸着効能を比較した。低コストで簡易的に使用できるフィルムの保存剤としては、炭酸ナトリウム、モレキュラーシーブが適することがわかった。
 ビネガーシンドロームを発症していないフィルムも、既に発症したフィルムも、保存剤の力を借りながら、実施可能な範囲での環境管理を徹底し、可能な限り劣化を停滞させる努力を続けることが最も重要であると考えられる。これらを維持するためには、各施設の事情により最小限のコストであっても、使用する保存剤や管理方法を工夫して、粘り強く取り組んでいくことが必要である。


佐々木淑美 准教授 評
文化財にもなり始めている古いフィルムは、劣化が進行していると言われている。対策としてデジタル化も進められているが、やはり実物を保存する必要があり、多くの博物館でそれらの保存管理が問題となっている。 竹谷さんは、そうした今日的課題に興味を持ち、本研究に取り組んだ。根本的解決が難しく、症状を軽減する(対症療法的アプローチ)しかできないことは、すでにわかっていたが、どうすればフィルムにダメージを与えず、最小限の時間や労力で保存管理することができるのか、その方法の提案を現場は求めていると知り、実験や調査に励んだ。単なる劣化メカニズムの確認や、現地調査では終わらず、簡便な調査方法や安価で手軽な保存剤を検討し提案したことで、実情に即した研究になったと言える。こうした研究姿勢は、後輩の手本となるだろう。優秀賞おめでとう。