文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

竹ヶ原誇平|東信昭《メモリー》の調査 聞き取り調査の記録と低温環境下における亀裂発生の考察
青森県出身
中右恵理子ゼミ

 東信昭《メモリー》は1997年に青森県十和田市で制作されたアクリル絵画作品である。作品の調査から、本作には亀裂や剥落といった損傷を抱えていることがわかった。特に亀裂においては透過光で観察した際に、光が亀裂に沿って透過していた(図1)。そのため、下塗りで用いられているジェッソや、ブラックジェッソ、そして絵具層である、アクリル絵具やアクリルガッシュなどのすべての層において亀裂が発生しているのではないかと推察した。そこで本研究では、制作者に対し当時の制作状況や、制作の動機、作品の現状を踏まえた修復の希望に関する聞き取り調査を実施した。これらを動画として記録することで具体性を持った記録を行った。また亀裂の原因追及を行うにあたり、先行研究からアクリル絵具の亀裂と低温環境との関連性に着目した。聞き取り調査を踏まえて本作の描画材料や制作手順に則して試料を制作し、実験を行うことで本作に見られた亀裂と低温環境との関連性の検証を試みた。
 聞き取り調査では、本作の作品修復に関すること、本作に関すること、作家自身のこと、の3本を軸に計24の質問から作家に対してインタビュー形式で行った。これらを映像として残すことで、作家自身の意思を記録する重要な資料として今後の修復作業に活用していく。
 低温環境と亀裂発生に関して、先行研究ではアクリル塗膜は温湿度の低下とともに脆弱になるという記述が見られた。聞き取り調査で得られた情報をもとに、本作と同様の描画材料を使用して「低温環境における制作を想定した実験」「低温環境における保存を想定した実験」「凍結した描画材料を使用した実験」の3つを行った。この中で特に「低温環境における制作を想定した実験」では、本作と共通する亀裂が発生したことを確認することができた(図2,3)。この実験において、約0℃の環境で乾燥させた試料と約-20℃の環境で乾燥させた試料で比較を行ったが、後者で顕著に亀裂が発生しており先行研究に沿った結果であったと言える。本実験では原因の断定に至らなかったものの、類似性のある亀裂が見られたことから亀裂発生のさまざまな要因の中の一つとなる可能性が考えられる。

1.透過光部分写真

2.研究対象で見られた亀裂

3.実験で見られた亀裂