文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

織田島さつき|油彩画を洗浄対象とした人工唾液の有効性について
宮城県出身
中右恵理子ゼミ

 本研究は西洋絵画修復において伝統的な唾液洗浄について考察したものである。唾液洗浄は人間の唾液を用いていたが、現在は絵画洗浄用の人工唾液が使われる。Paula氏らの唾液洗浄の有効性を主張した論文を先行研究とし、文献調査と洗浄剤塗布実験及び模擬洗浄試験を行い、人工唾液の絵画洗浄における利用法や特性及び効果などを明らかにすることが本研究の目的である。絵画洗浄は汚損物質を除去する修復行程だが、手法や洗浄剤は様々である。唾液は分解作用を持つ酵素や乳化作用を持つことで界面活性剤となるムチンを含む。唾液に含まれる酵素は対応する有機物にのみ反応するため意図しない効果は比較的示さず、安全性があるという定説を持つ。 加えて適度な粘り気があることから除去対象への付着度が高く、中性で刺激性も低いと考えられてきた。人工唾液はそんな唾液の利点を残したまま、天然唾液の課題であった大量入手、成分の個人差、衛生面を解決し、より有効で無害な洗浄を可能にした。油絵具試料を作成し、絵具層と洗浄剤(ホワイトスピリット、キシレン、2-メチルへプタン、希薄アンモニア水、手製人工唾液)の相互作用を観察する塗布実験(写真1)では、人工唾液に有機溶剤ほどの激しい溶解性はないという結果が得られた。よって人工唾液は低刺激の洗浄剤と考察できる。表面の汚れの状態が異なる油絵作品を用いて、洗浄試験(写真2)も行った。経年による汚れの除去効果と経年した絵具層への影響の調査が目的である。3点の油彩画を用いて、塗布実験の洗浄剤に精製水を加えた6種類の洗浄剤を含んだ綿棒を用いて試験をした。絵画表面に特筆すべき結果は出なかったが、綿棒表面より各々の汚れの除去率が異なっていた。また、そのような結果から人工唾液は油脂及びタンパク質由来の個体汚れや、ワニスを残したままの洗浄に有効という考察ができた。緩やかに除去を行う水系薬剤に分類される人工唾液は有機溶剤使用時のような防護準備が不必要で、刺激が低く、使用が容易な人工唾液はスムーズな絵画洗浄を可能にする。よって人工唾液は低刺激かつ緩やかな洗浄を可能にし、加えて対象によっては適度な洗浄力を持つと考察できる。このことから油彩画洗浄に適した洗浄剤であるといえる。従って、人工唾液の油彩画洗浄は理にかなったものと考える。

1.塗布実験

2.洗浄実験

3.洗浄実験での綿棒表面