文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

今川成実|新糊の乾燥加工と再活性化
千葉県出身
杉山恵助ゼミ

 小麦澱粉糊は、長い歴史から経年劣化の状態が知られていることや添加物がないこと、そして可逆性があることから、装潢文化財において欠かせない接着材料である。近年では新材料の開発も進んでいるものの、添加物が作品に与える影響が懸念されるほか、劣化について明らかになっていない部分も多く、使用には慎重な検討が求められるのが現状である。ゆえに、上記特徴を併せ持った小麦澱粉糊(以下新糊)は今日でも唯一無二の存在であるといえる。この材料について、東洋絵画修復室では伝統材料を生かした簡易利用可能な新材料の実現を目指し、乾燥新糊の作製が試みられてきた。昨年度の研究では、フリーズドライ加工した新糊において、接着材料として使用できる可能性が示されたのに対し、恒温乾燥した新糊については「粘りやつやがなくなめらかではないことから使用不可能である」と結論づけられていた。しかし、同研究内で調査された条件は1点のみだったほか、実際の接着作業自体は行われていなかったことから、使用不可能と断定するためには更に情報を増やし、確認する必要があると考えた。したがって、本研究では、恒温乾燥させた新糊の再活性化と使用可能性について、条件を増やして相対比較し、昨年度の結果の有用性を再確認することを目的とした。
 新糊を乾燥加工するにあたり、乾燥温度の高さが速乾性、および対象の色調変化や栄養素の減少等の物性変化にも影響を与えることを考慮し、加工温度に20℃間隔で差をつけた。これらを粉砕して加水を行ったところ、溶解には「乾燥時の温度」「粉末に加工した際の粒度」「溶解における加水温度」が関係していることが明らかとなった(図1)。また、加水によって粘性の回復が認められたため、実際に接着を行い、その様子を調査した。紙片への試料塗布(図2)および紙片表面の乾燥後剥離(図3)では、高温加水した乾燥新糊において、普段使用する新糊を剥離した試料と近しい様相を呈することが確認された。
 実験を通し、程度に差はあるものの、どの温度で加工した乾燥新糊においても再活性化、および接着力の回復が認められた。よって、恒温乾燥させた新糊は接着材料になりうるといえる。新材料ながら伝統技法を尊重した乾燥新糊の作製に向け、以上の結果が今後の乾燥新糊作製のための一助となることを願う。

1.加水した乾燥新糊を塗布したもの

2.乾燥新糊を使用しての接着

3.紙片の剥離