第17回 ハンバーグ?ランチはいかが?~プロコル?ハルムの巻|かんがえるジュークボックス/亀山博之

コラム

暑い夏を乗り切ろう

 6月だというのに、真夏の暑さが続いている。サイクリングやジョギングをするにも、早朝か日暮れでないと運動するには危険な気温だ。一体どうなっているのか。気をつけなければ。何があろうと健康第一である。十分な水分補給、良質な睡眠でこの夏を乗り切りたい。それに、栄養バランスのとれた食事も重要だ。うーん、今日は何を食べようかな???久しぶりにハンバーグが食べたいな。というわけで、今回取りあげるのはプロコル?ハルム(Procol Harum)の1967年の「ハンバーグ」である。

プロコール?ハルムの「ハンバーグ」日本盤
プロコール?ハルムの「ハンバーグ」日本盤

 レコードのジャケットを見る限り、美味しいハンバーグの歌を聴かせてくれそうな雰囲気は皆無である。せいぜい「ハンバーグ」のフォントが、レトロなレストランの看板にありそうだな、という程度。よく見るとジャケットの右上には“HOMBURG”とある。あれれ、たしか、英語でハンバーグのことは“hamburger steak”で、ドイツのハンブルク“Hamburg”がその名の由来だと思った。なんだろう?いろいろかんがえていたら、ますますお腹が減ってきた。ああ、ハンバーグが食べたい。

「難解」とはなにか

 プロコル?ハルムといえば代表曲「青い影(A Whiter Shade of Pale)」が有名だ。くわえて、詩が難解であるということでも知られている。今回の「ハンバーグ」も例に漏れず、なかなか難解である。がんばってひと言でまとめれば、うだつの上がらない男がバリバリ仕事のできる女性にフラれました、という話だろうか。詩はこんなふうに始まる。

 Your multilingual business friend
 何カ国語も話せるきみの仕事関連の友だちは
 Has packed her bags and fled
 荷物をまとめて去ってしまった
 Leaving only ash-filled ashtrays
 吸い殻でいっぱいの灰皿と
 And the lipstick, unmade bed
 そして口紅、しわくちゃのままのベッドだけ残して

 数カ国語に堪能な女性である。きっと仕事ができるのであろう。モタモタしたことには我慢がならず、パッとしない男にもイライラして、ますますたばこの本数も増える。口紅の跡のついた無数の吸い殻、忘れていったリップスティック、そしてベッド。これらを虚しい気持ちで男は見つめているのかもしれない。

 The mirror, on reflection
 鏡は、反射し
 Has climbed back upon the wall
 壁の上に戻ってきた
 For the floor she found descended
 彼女が気づいた傾斜した床
 And the ceiling was too tall
 そして天井は高すぎた

 反射する鏡、傾斜した床、高すぎた天井。これらは何かの暗示もしくは象徴だろう。恋愛の破綻というテーマにはふさわしいアイテムかもしれないが、詳細についてはピンとこない。いよいよこの第2スタンザからプロコル?ハルムお得意の難解さが顔を出してきたというわけだ。

 なにかが「難解」であるというとき、理論があまりに高度なため理解が追いつかない場合と、表現があまりに曖昧なため何を意味しているのか理解できない場合の2通りがある。この詩については後者である。曖昧さは解釈の幅を広げてくれることで、詩を魅力的にしてくれる。しかし、意味不明ではどうにも楽しめない。もう少しわかりやすく書いてほしかった、いまさらですが。ところで、カタカナ語を乱発してインテリを気取る人をときどき見かけるが、あれは「難解」でなく、ただの「厄介」である。そういう人に限って出世欲だけはたくましかったりして、往々にして中身がともなっていないものである。そういう方には、価値ある「難解」を期待したい。そんなパッとしない男についての第3スタンザへすすもう。

 Your trouser cuffs are dirty
 きみのズボンのすそが汚れている
 And your shoes are laced up wrong
 そして靴ひもはちゃんと穴に通っていない
 You’d better take off your Homburg
 その帽子(ホンブルク帽)はぬいだほうがいい
 ’Cause your overcoat is too long
 だってきみのコートは長すぎるから

 さあ!ここで重要な情報が登場した!この曲のタイトル「ハンバーグ」は食べ物のことではなく、正しくは「ホンブルク」すなわち、帽子のことだったのだ!コートが長すぎるから帽子をぬぐべきだという理屈もなかなか難解ではあるが、少なくともわかるのは、フラれてしまった男は身だしなみもイマイチだったということである。背伸びしてカタカナ語を連発して、仕事のできるマルチリンガルな彼女に必死に合わせてみたものの、最後には呆れられてフラれてしまったのだ。ご愁傷様。

帽子と身だしなみ

 帽子といえば、むかし、わたしが骨董市で見つけて買ってきた写真を見てほしい。

文翔館前
文翔館前

 これは戦前の文翔館の前の通りを写したものだ。当時は文翔館とは呼ばれず、山形県庁であった。まず人の賑わいに驚く。そして、ほとんどの人が帽子をかぶっていることに気がつく。昔、出掛けるときには帽子をかぶることが身だしなみの基本であったのだ。明治生まれのわたしの祖父もそういえばそうだった。

 なるほど、うだつの上がらない詩の中の男は、一丁前に帽子をかぶっている場合ではなかったのかもしれない。上っ面のオシャレよりも他にもっとやるべきことがあるだろう、しっかりしろ、と忠告を受けているという解釈も成り立つ。プロコル?ハルムの「ハンバーグ」という曲は「外見より内面を磨こう」というメッセージが込められた説教ソングなのだった!たぶん。

 そして、次のスタンザに突入するといよいよ難解さが極まる。男も女も舞台から消え、時のない無情の世界へ入り込むような感覚に陥っていく。

 Town clock in the market square
 マーケット広場の街の時計は
 Stands waiting for the hour
 時を待ちながら立っている

 When its hands they both turn backward
 その2つ針が逆回転するとき
 And on meeting will devour
 出会うとむさぼりあい

 Both themselves and also any fool
 時計の両針も、どんな愚か者も
 Who dares to tell the time
 だれが時を告げようとするものか
 And the sun and moon will shadow
 太陽も月も陰り
 And the signpost cease to sing
 そして道標は示すことをやめてしまう

 

 おそらく、フラれた男はうつろな心で街を徘徊し、時を忘れて己のみじめさを味わっているのだろう。もはや、帽子どころの騒ぎでない。

「電子マネー」問題

 何カ国語も操ることのできる冒頭の女性からしたら、意味のわからないカタカナ語を連呼するインテリ気取りにも、日本に蔓延する怪しげな発音の温床たるカタカナ英語にもきっと辟易してしまうことだろう。

 昨今さけばれている国際化、多様性、持続可能性。掲げる目標はご立派なのだが、それにともなう努力があまりみられないのが残念である。たとえば、ここ数年で爆発的に普及した「電子マネー。」英語にカタカナを振るのはあまり推奨したくはないが、”money”は「マネー」ではなく「マニー」であるべきだ。”honey”のことはちゃんと「ハニー」というではないか。普及の機会にあわせてより正しい発音に訂正するチャンスだったのに、今でも誰も「電子マニー」という人はいない。

 そんな日本の英語教育の弊害のあれこれをかんがえていたときのこと!立ち寄ったハンバーガー屋さんで見かけた段ボール箱に衝撃を受けた。

ハネーコーン
ハネーコーン

 なんということだ!わたしの提案を見事に拒否しているではないか!”honey”のことを「マネー」にあわせて「ハネー」というなんて。なんということだ!あまりに手強い!日本独自の発音にこんなにもこだわっているなんて。ついには「ハニー」というのも拒むのか。どうしても「電子マニー」とは言いたくないわけである。

限定メニューが登場!

 おどろき疲れていたら、いよいよお腹と背中がくっつきそうだ。腹ペコである。さあいよいよ「ホンブルク」ではなく「ハンバーグ」をみんなで食べましょうか!

限定メニュー
限定メニュー

連絡掲示板

 以下、今後の活動に関する告知です。

 社会人向け講座が数々ラインナップされる8-9月に開催予定の「夏芸大」 では、このコラム「かんがえるジュークボックス」が講義編として開講予定。さらに、9月後半の芸工祭では、今年もブースを出店予定。勢い余って筆者のわたしのピアノ連弾ユニット「夕ヶ谷姉妹」の発表もあるかもしれないし、ないかもしれない!それぞれの詳細は次回お知らせいたします。乞うご期待!

 それでは、いただきます。もとい、それではまた。次の1曲までごきげんよう。
 Love and Mercy

(文?写真:亀山博之)

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亀山博之(かめやま?ひろゆき)
亀山博之(かめやま?ひろゆき)

1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。

著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。

趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。