猫の足の裏、人の足の裏|駆けずり回る大学教員の旅日記 #13/北野博司

コラム

誰もが一度は聴いたことがある曲「猫ふんじゃった?」。
曲名は違えど世界中で親しまれている。ウィキペディアをみると「猫のマーチ」「猫の踊り」「黒猫のダンス」「猫のポルカ」と確かに猫が多い。ところが「犬のワルツ」や「犬のポルカ」もある。変わったところでは「ノミ」「アヒル」「ロバ」といった動物のほか、「チョコレート」「箸」「カツレツ」「三女の足」と何でもありで訳が分からない。

冒頭から妙な話題となったが、今日来ている姫路市埋蔵文化財センターには猫にまつわるおもしろい遺物がある。人呼んで「猫ふんじゃった土器」。こちらは踏ん付けたのは猫の方だ。土間打ちコンクリートに犬や猫の足跡が付くのは日常よく見る光景だが、土器に付くのは珍しい。

北野博司 #13 見野6号墳出土須恵器
見野6号墳出土須恵器 4本指と大きな肉球が離れているのは足の特徴。したがって趾球(しきゅう)と足底球ということになる。

これは須恵器すえきと呼ばれる焼き物で2007年に市内の見野みの6号墳という古墳の石室から出土した。時期は西暦600年頃、推古天皇や蘇我馬子らが活躍した時代の播磨地域の有力豪族のお墓である。お葬式の墓前祭で使ったものか、黄泉の世界での食事のために死者に供えられたものか、ほかの飲食容器約40点とともに床面に置かれていた。足跡が付けられたのは石室の中ではなく、土器を作っていた工房の中である。まだ粘土が乾ききらないうちに猫のような小動物が侵入して踏んでいったのだ。

発掘後、この土器を洗っていた学生が足跡を発見した。肉球の跡がはっきり残っている。手のひらに当たる部分を前肢の場合は掌球、後肢の場合は足底球という。同様に4本の指は指球、趾球という。指が5本以上あるように見えるのは2度踏んだようだ。

それまで猫が日本にやって来たのは奈良?平安時代と言われており、それが古墳時代までさかのぼるとして当時話題になった。その後の専門家による鑑定でイヌやキツネの幼獣、タヌキの可能性もあるが、歩行時に爪を収めて歩くネコの可能性が高いとされた。史料からは古代にはすでに猫が貴族の愛玩動物として飼われていたことが確実だという。

縄文時代には貝塚からヤマネコ(野生)の骨が出土することは知られていたが、長崎県壱岐のカラカミ遺跡から出土した数個体分のネコの骨がイエネコ(ヨーロッパヤマネコが家畜化されたもの)の可能性が高いと指摘されてからは、そのルーツが弥生時代に遡るという説が有力である。稲作とともに害獣ネズミの駆除のため大陸から持ち込まれたのであろうか。昨年は福井県美浜町興道寺古墳群からも同時期の猫の足跡のある須恵器が出土していたというニュースがあった。古墳時代には思っている以上に人の周りを猫がうろついていたのかもしれない。

北野博司 #13 湯築城跡出土土師器
湯築城跡出土土師器 踏んづけていったというにはあまりにも整った足跡ではないか。

時期は下るが、愛媛県松山市の湯築ゆづき城跡にも「猫ふんじゃった土器」がある。この遺跡は村上水軍を率い、伊予の守護から戦国大名となった河野氏の城館である。ここから出土した素焼きのお皿に肉球の跡がくっきり残っていた。こちらは指球と掌球がそんなに離れていない。左手だろうか。道後温泉のそばだから、行く機会があればぜひ実物を見てほしい。

北野博司 #13 備中松山城のさんじゅーろー
備中松山城のさんじゅーろー 首の紐は愛用のスケートボードにつながっている。
北野博司 #13 唐沢山城の猫
唐沢山城の猫はマイペース 人と猫の距離感がちょうどいい。

考古学の楽しみの一つには、発掘現場で竹べらの先に永い眠りから覚めた先史、古代の歴史の証拠との対面があるが、実は室内で行う出土品整理、水洗い作業も第2の発掘現場なのだ。 縄文土器や弥生土器に何千年も前の人の指紋を発見してハッとする。渦状紋が多い印象があったので調べてみたらやはり日本人には一番多い紋型だった。最近は指紋に付着するアミノ酸で男女差がわかるということだが、紋型からは難しいらしい。ひび割れした所に粘土を貼って指で押さえて補修したのをみると、しまったと思って誤魔化したのかなと人間臭さを感じてしまう。土器の底には歩行中に運悪く下敷きになった虫や籾の圧痕、意図的に敷いた木の葉や編み物、乾燥台の痕跡が残る。猫といい、虫といい、当時の工房の風景が想像できる痕跡に出会うのも土器を見る楽しみの一つといえる。

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みなさんは自分の足の裏をじっくり眺めたことがあるだろうか。
思い起こすと私の小学校の運動会は裸足だった。運動会の数日前に生徒らがグランドに一列に並んで石拾いをした。戦時中の話ではない。徒競走はパンツ一丁で裸足で走った。当時はみんな日常が白いトランクスだったので短パンをはく必要がなかった。今から思うと、足の裏の感覚が敏感で指でモノを掴むのも簡単だった。小僧は誰もが素足に鼻緒の付いたゴム草履だった。そのうち体育の時間は靴下と運動靴、短パンをはくようになっていった。幼少期のそんな体験のせいか、成人してからも冬でも雪が積もらない限りサンダル履きで過ごしていた。真冬でも足が勝手に発熱してポカポカする体質なので冷たいと感じることはなかった。

猫ふんじゃった土器が発見された2007年、私はラオスのとある土器作り村に立っていた。熱帯乾燥林に囲まれたその村は砂地の表面をうっすら野芝が覆い、素足で村の中を歩くことができた。その感触がなんとも心地良く、少年時代の記憶が蘇ってくるのを感じていた。それから2年後の再訪。密着取材した世帯の少女から自分の足指がいかに貧弱かを思い知らされた。土器を叩くために投げ出した彼女たちの両足は、しっかりと大地を踏みしめて生活している健康的な土踏まず、指先そのものだった。

北野博司 #13 ラオス?土器づくり村の少女たち
土器づくり村の少女たち LとOの姉妹は私の師匠。

何年か前からアーシングという言葉を聞くようになった。足の裏だから「あーしんぐ」ではない。Earthingの意である。簡単に言うと素足で、体全体で大地とつながる健康法。靴下や靴を脱いで素足で自然を感じようということだ。理屈や内容は各自調べてもらいたいが、そんな運動が起こり、共感を呼んでいること自体が現代の生活スタイルの病巣をあぶり出していると言えるだろう。

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東南アジアを旅すると必ずマッサージを受けてくる。
日本でいう按摩からアロマを利かした高級マッサージまで各種あるが、伝統のタイ式マッサージがいい。左右足先から始まって2時間かけて頭のてっぺんまで全身を入念に整えてくれる。イタキモでも身体の硬さに合わせて調整してくれるので揉み返しもなく体が軽くなる。

北野博司 #13 地元の人が仕事帰りに通うマッサージ屋さん タイ?チェンマイにて
地元の人が仕事帰りに通うマッサージ屋さん チェンマイにて

日本では銭湯にいくと足の裏のツボの位置を描いた足つぼ健康マットというのが置いてある。イボイボの健康サンダルや青竹踏みも一時流行った。「足の裏には全身の健康が宿る」、「足の裏は第2の心臓」ともいわれるように内臓とつながる60~70のツボがある。それらを刺激してやると身体が自然と喜ぶのである。

北野博司 #13 足つぼマッサージ台
我が家の足つぼマッサージ台

マッサージ師はツボを心得ているので、押したときのお客さんの反応をみて病巣を探る。足裏マッサージは弱っている機能を活性化して回復へと導き、全身のコンディションを整える効果があるといわれる。血流がよくなり、溜まった老廃物を押し流すので冷えやむくみも解消され、筋肉が柔らかくなって全身の歩行バランスがよくなる。空港の出国ロビー階にあるマッサージ屋が疲れのたまった海外旅行客で混みあうのはどこの国にも見られる光景である。

このように現代社会の生活は、本来足の裏が担っていた全身の健康維持システムを機能不全に陥らせているようにみえる。足の裏を刺激して気持ちいい感じるのは、失われた野生の叫びではないか。

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最後に「足の裏の飯粒」という格言がある。これは足の裏にはりついた飯粒はなかなかとれないので、邪魔で煩わしいものの例えに使う。また、昔から大学では「学位(博士号)は足の裏の飯粒みたいなもの、取っても食えないが取らなければ気になる」とも言われた。

しかし、思えば現代、足の裏に飯粒が貼りつくこと自体が稀なのではないか。まず家の中で素足で歩くことが少ない。核家族化、子供の減少、米食頻度の低下など、飯粒が床に落ちることが少ない(スタイつけて食い散らかす幼児を持つ家庭は別だが)。ましてや「足の裏の飯粒をこそげる」ケチな奴はもうこの世にはいない。

近頃家に出入りすることが多くなった孫たちが裸足で玄関から出ていって、そのまま家に上がってくる。自分がこぼしたご飯が足の裏にくっついて、取りたいのに取れなくて困っている。そんな光景が微笑ましく、温かい眼差しでそっと見つめるのであった。

(文?写真:北野博司)

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北野博司(きたの?ひろし)
北野博司(きたの?ひろし)

富山大学人文学部卒業。文学士。
歴史遺産学科教授。
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専門は日本考古学と文化財マネジメント。実験考古学や民族考古学という手法を用いて窯業史や食文化史の研究をしている。
城郭史では遺跡、文献史料、民俗技術を駆使して石垣の構築技術の研究を行っている。文化財マネジメントは地域の文化遺産等の調査研究、保存?活用のための計画策定、その実践である。高畠町では高畠石の文化、米沢市では上杉家家臣団墓所、上山市では宿場町や城下町の調査をそれぞれ、地元自治体や住民らと共に実施してきた。
自然と人間との良好な関係とは、という問題に関心を寄せる。
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