美術科のある高校で陶芸を学んでいた後藤有美(ごとう?ゆみ)さんは、芸工大の美術科工芸コース(現?工芸デザイン学科)へ進学。より深く陶芸を学び、現在は宮城県七ヶ浜町にある自宅内アトリエで作家活動を行っています。最大の特徴は、西洋の静物画をモチーフに練込(ねりこみ)という技法で陶器を造形していること。コース内でも取り組んでいる人はあまりいなかったというその技法を用いるようになった経緯や、学生時代に得た学びについてお話を伺いました。
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集合体から見い出した独自の造形
――はじめに、後藤さんがつくる作品の技法や素材を教えてください
後藤:陶芸の練込という技法を使って、西洋の静物画やそこに描かれた陶磁器の色や形を取り入れながら造形しています。素材は粘土と磁器土が半分ずつの半磁土というものを使うことが多いですね。練込は大学の時もやっていたんですけど、粘土を用意して集めて形づくっていくところに、集合によって何かができていくという考え方を持つようになりました。その後、卒業制作をどうするか考えていた時、パソコンの画面で絵画の画像を拡大していったら、そこに小さい正方形のピクセルの集合が見えて、まるで練込のように感じられたことが今の造形スタイルの大きなきっかけになっています。
――絵画自体にはもともと興味を持たれていたんですか?
後藤:学生の頃は、今ほど絵に興味がなくて陶芸とか器に偏っていたんですけど、深井聡一郎(ふかい?そういちろう)先生※から工芸に進むか美術に進むかを問いかけられた時に上手く答えられない、みたいなことがあって。ただ、工芸も美術も“つくる”という点では同じなんじゃないかなと考えていたので、美術の絵画であれば引っ掛かりが持てるかもしれないと思ったことが、絵画をモチーフにしている理由の一つですね。
※工芸デザイン学科教授、大学院芸術工学研究科長。プロフィールや作品はこちら。
――練込という技法を知ったきっかけは?
後藤:私は宮城野高校の美術科出身なんですが、陶芸をやってみたいと思ったそもそものきっかけがこの練込で。高校の先生が陶芸について説明する時に見せてくださった雑誌の中に、木目みたいな練込作品が載っていて、それにすごく惹かれたんです。自分でも実際に、色の粘土と泥状の粘土に顔料を混ぜたものを何層も重ねて形を削り出していく、というのをやってみたら、本当に木を彫っているかのように模様ができていく様が面白くて。
ろくろとかよりも前に練込に挑戦してしまったんですけど、それを許してくれるような先生だったので、「楽しいな」っていう思いのまま今日まで来ています。粘土に顔料をのせてひたすら混ぜ込んでいくという過程については、もう“無”でやってますけど(笑)。
それから、形にする時は3時間以内につくらないと粘土が乾いて硬くなってしまうので、土とのやり取りを楽しみながら一気につくっています。また、手を動かしながらも考えることを大切にしているので、そこで出てきたものを作品に反映させたりしてますね。
あと、窯出しをする時はいつもちょっとドキドキするというか。「割れてないかな」っていう不安と、あと期待との半分半分で。実際、大きく割れるようなことはないんですが、ピッとひびが入ることがあるんですね。でも最近はあまりひびが入ることを気にしなくなりました。以前は「割れていたら作品としては出せない」って自分の中で制約を持っていたんですけど、それって陶芸においての刷り込みなんだろうなと。もちろん実際に使用する器に関しては気にするようにしていますけど。でもつくるごとに技術もちょっとずつ上がってきているので、ひび割れることもだいぶ少なくなりました。
――作品のモチーフにする絵画についてはどのように選んでいますか?
後藤:長く向き合えそうで、かつ何か気になる点があるものを選ぶようにしています。例えば絵の中に描かれている器の形が気になるとか。色彩が気になっていた時期は、モネの作品を選ぶことが多かったですね。今はセザンヌとか、最初につくった時にモチーフに選んだブリューゲルの絵が多かったりします。
またこれからモチーフにしたいと考えているのが、宮城県塩竈市にゆかりのある杉村惇という日本の洋画家の絵画ですね。静物画を長く描いていた方なんですけど、今、私の作品を展示させていただいている『birdo space※』(塩竃市)の高田さんから、「いつかつくってみない?」とご提案いただいて。なのでこれから挑戦できたらいいなと思っています。ちなみに、地元?宮城で個展を開くのは今回が初めてで、中学とか高校ぶりに当時の先生とやり取りしたり、高校の頃の友達のお母さんが来てくれたりして、「私は宮城で育ったんだな」というのをすごく実感しています。東京での個展の時はコロナ禍であまり在廊できなくて、知り合いに観に来てもらう機会も少なかったので。
※ビルド?フルーガスさんが運営するギャラリー。塩釜からさまざまなアート?ムーブメントを発信している。主宰する高田彩(たかだ?あや)さんは、塩竈市杉村惇美術館統括もされている。詳しくはこちら。
作品に向かう先輩の姿を真横で感じて
――芸工大で陶芸を学ぼうと思った理由は?
後藤:高校の時の陶芸の先生が芸工大出身だったんです。最初は京都の工芸の専門学校に行こうか迷っていたんですが、私が高校を卒業する年に、その教えてくださっていた先生が作家として活動していくということで高校を退職されたんですね。その姿を見ていたら、「私も芸工大で作家を目指してみたい」と思うようになりました。あとはオープンキャンパスで深井先生と少しだけですけど話ができて、また卒業制作展では先輩方の作品にすごく圧倒されて、それで芸工大への進学を決めました。
――入学してみて、どんなことを学べたと感じていますか?
後藤:先輩との交流がたくさんできました。陶芸の工房って、板で区切られてはいるんですけど同じ空間の中でみんな作業しているので、先輩が何をつくっているかとか、どういう道具を使っているかを観察できる環境なんですよ。で、2年生になると陶芸の工房でデスクを一つもらえるんですけど、その時にちょうど田久保静香(たくぼ?しずか)さん※っていう、カップアンドソーサーをつくられている先輩が大学院に在籍していて、その先輩の手伝いをさせてもらったんですね。色粘土づくりを手伝う代わりに、陶芸の顔料をいただけるということで(笑)。そんな感じでアシスタントのようなことをさせてもらっていた時に、どういうギャラリーで展示してみたいかとか、あとDMの送り方とかいろいろ教えていただいて、そういう授業以外のところでも学びを得られたのがすごく大きかったです。先輩とは今もSNSとかを通じてやり取りしたり、時々展示を観に行かせてもらったりしています。当時は外部から先生が来るたびにみんなで飲みに行くようなコースだったので、上下の垣根もあまりなかったような気がしますね。
※2015年美術科?工芸コース(現?工芸デザイン学科)卒業、2017年大学院修了。実用品であるカップ&ソーサーを美術品に昇華させる作家として知られている。詳しくはこちら。
それから表千家の茶道サークルに入っていたので、お茶会を開いたりしてました。来てくださった方におもてなしさせてもらって。そこで自分でつくった茶碗を使ったこともありましたし、あとは先生が持っている楽茶碗とか織部の菓子器とかを実際に使ってみるという体験ができたことも、器をつくる上で良い経験になったと感じています。
――山形という土地柄から受けた影響はありますか?
後藤:制作が終わって大学を出ると大体21時ぐらいだったんですけど、そこから冬場帰る時のあの寒い感じとか、朝のちょっとひんやりした空気とか。その中で「また制作頑張ろう」とか、いろいろ考えながら歩く時間が私は好きでした。
――今は仙台の粘土屋さんでアルバイトしながら創作活動をされているとのことですが、いずれは作家一本で?
後藤:そうですね。高校の時の先生の影響もあって、大学に入る時からずっと作家志望なので。作品は売れたり売れなかったりで、まだ安定しない感じではあるんですけど。
少し前までは工芸作家として活動していくのか、それとも美術方面にいくのかを自分でも結構気にしていて、制作中も問いかけてきたんですね。でも、そこまで気にせず揺れながら進んでいく方が私には合っているんじゃないかな、と思うようになりました。そしてその揺れが作品の中にも見えるといいのかな、って(笑)。なので、どちらなのかを決めるのは作品を観た人で構わないと思っています。
あとはいろんなところで設置してみたいっていう思いがあるので、そのためにもこれからもっと作品を増やしていきたいですね。
――後藤さんにとって陶芸とは?
後藤:自分にとっては、“関係の中でつくられていくもの”ですね。手との関係もそうですし、陶芸作品であれば器である場合も多くて、私のつくったものが買ってくれた人のもとでその人とまた新しい関係を結んでいくという、そういう関係の中にあるものだと思っています。
――ちなみにどんな人が工芸に向いていると思われますか?
後藤:コツコツやれる人とか、メリハリがある人ですかね。集中する時にバッと集中できるような。あとは身体を動かしながら考えられる、身体と思考がつながっている人。粘土が乾くまでの時間に自分を合わせないといけなかったりするので。
――それでは受験生へ向けてメッセージをお願いします
後藤:工房に入ると毎月「窯会議」というものがあるんですが、そこで掃除や後片付けのことを結構指摘されると思います。実際、作家活動を始めた時はまず掃除から制作に入ることが多いので、後片付けとかお掃除とか、「好き」にまでならなくていいと思いますけど、大事にしてほしいですね。それから先輩の作業している姿とかもしっかり見て、もし声を掛けられるようであれば積極的に声を掛けて交流してもらえたらと思います。
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深井先生曰く、練込という技法はとにかく顔料を混ぜた粘土の調合データをつくり、それを切り貼りして板をつくり接着していくという根気のいる作業で、後藤さんは物静かながら、その負けん気の強さでコツコツ成し遂げてきたと言います。2021年には雑誌『美術手帖』のニューカマー?アーティスト100にも選出され、美術業界からも注目されている後藤さん。静物画をモチーフにするという独自の視点から生まれた唯一無二の世界観を手に、揺れつつも前へ進んでいるその姿はとても魅力的でした。
(撮影:渡辺 然、取材:渡辺志織、入試課?須貝) 工芸デザイン学科の詳細へ東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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