仏像修復は重要な経済活動。だからこそもっと気軽で身近なものに/修復家?卒業生 渡邉真吾

インタビュー

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所有者と対話を重ね、ともに進んでいく

――はじめに渡邉さんのお仕事内容について教えてください

渡邉:仕事のメインは仏像などの彫刻文化財をお預かりし、その壊れている状況に応じて適切な処理?処置を選択し行っていくこと。基本的には山形県内のものが多いですが、東北各県にも広がってきているところです。また所長の牧野が埼玉を拠点にしているので、時々東京や関東圏の仕事が入ることもあります。

※保存修復家。吉備文化財修復所代表、東北古典彫刻修復研究所所長。東北芸術工科大学開学当初から2003年度まで美術史?文化財保存修復学科(現?文化財保存修復学科)で教鞭を執る。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん
お話をお聞きした渡邉真吾さん。

――現在はどんな文化財の修復を担当されていますか?

最初に平塩寺に伺ったのは10年ほど前のことで、「実はこれ寒河江市の指定文化財になっているんだけど、修復したくて」と住職に相談されたのを機に、まずはどこが傷んでいるのかをまとめたカルテをつくることにしました。調査をして、調書をつくり、それを県や市の方と共有しました。その結果、この仏像が市から県の指定文化財に格上げされ、修復の際に補助金が出たことでお寺の負担を大きく減らすことができました。

でもその道筋をつけていく間に10年ぐらい経ってしまって。修復をするとなるとそのためのお金が必要になります。檀家さんなどお寺の周りの人たちの理解が不可欠ですし、無理なくお金を負担できるような体制を作ることが重要です。また、助成金や補助金などの可能性も探りながら、というところで進めていくうちに、いつの間にか10年かかってしまいました。今修復できていることにすごく感慨深いものがあります。ただ、こうしたことは決して珍しいことではありません。所有者にとっては一世一代の大事業なのですから、当然です。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん 修復作業を行う渡邉さん
修復作業を行う渡邉さん。

――先ほど“カルテ”とおっしゃっていましたが、私たちが病院に行くのと同じように、ひと通り検査をして治療方針を決めていくような感じでしょうか?

渡邉:そうですね。仏像それぞれに状態は違うので、やることも変わってきます。また、所有者が負担できる金額の限度もあるので、例えば10悪くなっているけれどもとりあえず3だけ直して次の世代に受け渡すとか、3ヶ月後に迫った大きな法要に向けて一部だけ直しておくとか、仏像の状態や所有者の状況に応じて臨機応変に対応できるよう心がけています。

――そうなると、話し合う力みたいなものも問われてきそうですね

渡邉:この仕事を始めて一番大きく感じたのはまさにそこですね。代表の牧野は芸工大で教授をしていた時から、「文化財の修復は商売。商売は人と人とのつながりでできていくものだから、お互いに思っていることをちゃんとすり寄せて一つの事業にしていかないといけない」と言っていました。学生時代から仕事としての文化財修復の考え方を叩き込まれましたし、決して手先の器用さのみで完結するものではないということを意識させられました。

上杉家ゆかりの岩上山普門院(山形県米沢市)から、本尊大日如来坐像を修復のために運び出す様子は、県内のニュースでも取り上げられた。上記動画の1:52頃に渡邉さんが登場しコメントしている。

また、牧野からはよく「仕事は自分でつくれ」と教えられました。これも本当にそうだなと。修復の分野はまだまだ市場が狭いので、これをもう少し広げていきたいですね。ものを預かって直してそれを返して終わりという流れだけではなく、修復したものをモチーフに展覧会や講演会を開いたり、文化財を身近に感じてもらえるようなイベントを企画したり。こうしたことを考えていると、この仕事をして得た経験や知識は、さまざまな方面に活用できるな、と思えてすごく面白いです。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん 修復道具や工具1
有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん 修復道具や工具2

所内には多くの修復道具や工具が整然と並ぶ。

――このお仕事の好きなところは?

渡邉:日々作業する中で自分のやっている処置がうまくいったとか、そういう小さな喜びは常にあります。毎日毎日大小さまざまに何かしら達成感を得られ、その積み重ねができるということは自分にとって大きな財産です。あとは大きいところで言うとやっぱり仕事になった時とか、それこそこの仕事に身を置いていること自体が喜びみたいなところがありますね。例えば「仏像の修復をしたいけれどどうすればいいのか分からない」という住職の声に対して、自分なら相談に乗れるというこの心の持ちようというか。どの仕事もそうでしょうが、世の中に自分の身の置く場所があるというのはとても大事なことだと思います。

仏像は美術工芸品として扱われることも多いのですが、それを所有しているお寺やお堂の人たちにとっては、見ることが目的ではなく“拝むもの”なんですよね。仏さんと自分との関係の中で日々の営みが始まり、歴史が紡がれていくわけですから、それを忘れないようにしながら、後世に残せる修復をしたいといつも思っています。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん 一緒に作業しているのは、同僚の石井智也さん。渡邉さんは「公私ともにとても頼れる存在」だそう。石井さんも文化財保存修復学科(旧 美術史?文化財保存修復学科)の卒業生だ。
一緒に作業しているのは、同僚の石井智也さん。渡邉さんは「公私ともにとても頼れる存在」だそう。石井さんも文化財保存修復学科(旧 美術史?文化財保存修復学科)の卒業生だ。

仏像は先人の想いを未来につなげるインフラ

――渡邉さんが修復の仕事に就きたいと思ったきっかけは?

渡邉:牧野には当時から、地方に存在する仏像の修復をなんとか根付かせてそれを一つの柱にしたいという考えがありました。だからこそ修復者と所有者がガチンコで話をして、より良い修理をしていくことが大事だという心構えみたいなものを学生のうちから持つことができたと思っています。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん

――ちなみに現在は、渡邉さんご自身が芸工大で非常勤講師をされているそうですね

渡邉:学芸員課程の一つ、ミュージアム実習の中の一コマを受け持っています。調書の取り方や梱包方法の指導、実際に仏像修復するとしたらどうコーディネートしていくかを話し合うワークショップを学生たちにやってもらったりしています。例えば修復対象となる仏像が阿弥陀如来像だとして、それはいつ頃つくられて、どの地域にあって、その地域はどれぐらいの人口規模で、どういったお祭りや地場産業があるのかというところまで自ら設計し、その仏像のどこを修復しなければならないのか。さらには修復後、その地域がどうなっていくのが良いのか。こうしたことを学生たちに考えプレゼンしてもらうようにしています。これは文化財保存修復学科の学生に限らない授業なのですが、他学科の学生からの反応もとてもいいです。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん 学芸員課程の授業を行う渡邉さん。この日は文化財輸送時の安全な梱包?養生方法についてレクチャー。第一線の技術と知識に、学生たちは真剣に耳を傾けていた。
学芸員課程の授業を行う渡邉さん。この日は文化財輸送時の安全な梱包?養生方法についてレクチャー。第一線の技術と知識に、学生たちは真剣に耳を傾けていた。

――今後に向けて何か思い描いていることはありますか?

渡邉:この仏像修復の世界はある一握りの人たちだけが関わっているという現状があり、それをもうちょっと広げたいなと思っています。例えば自治体の中で予算分けする時、文化財関係ってすごく額が小さくて、まだ仕事としては社会的に認められていない感じがします。いまだに私たちのことを「趣味でやっているんでしょ?」みたいに言う人たちもいたりしますし。でも仏像修復はれっきとした経済活動で、仏像自体が人々の想いとか過去の営みを未来につなげる社会的なインフラみたいなものであることを強く訴えていきたいですし、そのための活動をしていきたいと思っています。

――それでは最後に受験生へメッセージをお願いします

渡邉:ものに対する敬意は常に感じていてほしいですね。仏像の修復をしているとネズミが引き込んだ紙くずなどがたくさん出てくるときがあります。これらはすべてお寺に返します。そのゴミもお寺の所有物であり、これまで永く信仰されてきた証だからです。ものが何に帰属し、どういう意味を持つのか。こういう問いはこの仕事をやる上でとても大事だと思っています。

それから私にとって芸工大は二つ目の大学で、当時は社会人から入り直すような人も結構いました。そういうリスキリングのための回り道ってしてもいいのではないかなと。学生のうちから実践的なところを体験できるのが芸工大の良さですし、山形にはそういった土壌があるところも魅力ではないでしょうか。

有限会社東北古典彫刻修復研究所 副所長 修復家 渡邉真吾さん

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「文化財の修復にはお金がかかるもの。そう考えると、私たちが車を買ったり家を建てたりする時と同じように、お寺の住職さんが仏像を直すためにローンを組むのも自然な経済活動の一つだと思うんです」と渡邉さん。深刻な損傷が発生してから依頼されることが多いという仏像の修復。だからこそ埃を落とすといった定期的なメンテナンスの提案を通して、修復をもっと気軽で身近なものにしていきたいという渡邉さんの思いに、保存修復の新たな可能性を感じました。

(撮影:渡辺然、佐藤鈴華 取材:渡辺志織、入試課?須貝)

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東北芸術工科大学 広報担当
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