「芸術を見たい」に応える、美術館の新しい発表の形/寒河江市美術館?卒業生 白田歩香

インタビュー 2021.04.20|

寒河江市美術館の専門員として、運営や企画の立案など美術館業務全般に取り組む白田歩香(しらた?あゆか)さんは美術科?総合美術コースの卒業生。現在は新型コロナの影響で思うように企画展やワークショップが開催できていない状況ですが、こんな時だからこそ、作品の新しい見せ方や美術館での新しい交流の形を考えるきっかけになったと言います。

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市民とともに歩んできた、街なかにある美術館

2018年に専門員として採用されて以降、さまざまな企画展やワークショップなどを展開してきた白田さん。寒河江には芸術に興味のある市民も多く、みんなで盛り上げようという気風があることを肌で感じたそうです。

――寒河江市美術館はビルの中にあるんですね

白田:そうなんです。実は学生の頃は寒河江市美術館の存在を知らなくて、ビルの中に美術館があると分かった時はびっくりしました。2021年で13年目とまだ新しい美術館になります。

――専門員とはどのようなお仕事ですか?

白田:私は寒河江市生涯学習課の嘱託職員になるんですが、専門員として美術館全般のことを任されていまして、運営はもちろん、展示の企画立案や作品の搬入?搬出のお手伝いなどを行っています。学生の頃は自分が作品をつくる側でしたが、今は提示する側として、広報業務をしたりチラシ?ポスターのデザインをしたりといろいろですね。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん インタビュー中の様子

また寒河江市美術館では、寒河江市の皆さまに新しい現代アートを触れていただきたいという思いを込めて、芸工大の在学生や県内で活躍する作家を中心とした若手作家企画展というものを毎年開催しています。

――ただ、そういった企画展やワークショップイベントなどが、新型コロナの影響でほとんどできていないと聞きました

白田:展示に関しては、企画していたものがほぼ中止という形になってしまいました。また、ワークショップや名誉館長のギャラリートークなども中止になりましたね。そこから2020年の夏くらいに少しずつ開放し始めて、とにかく新しい生活様式でマスクをつけて距離感を保って、というところを皆さんにご協力いただいているところです。ただ、やっぱり大々的に広報活動をするのは難しいので、細々というか、ひっそり企画展示しているような状況ですね。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん 2019年に開催された、寒河江市所縁の写真家?鬼海弘雄の写真展。多くの場合、写真家本人が各作品の配置を考えるが、この写真展では白田さんがそれを担った
2019年に開催された、寒河江市所縁の写真家?鬼海弘雄の写真展。多くの場合、写真家本人が各作品の配置を考えるが、この写真展では白田さんがそれを担った。(写真提供:寒河江市美術館)

先ほど話した若手作家企画展に関しても基本的には中止になったんですが、 こういったコロナの状況だからこそ芸術やアートが必要で、「作品を発表して、鑑賞した人たちの気持ちを前向きにしたい」という作家さんがいらっしゃいました。私も作家さんと同じ気持ちでしたので、予防対策に留意することを忘れず、企画を進めました。ギャラリートークができない代わりに、SNSを通じて作家さんがどんな風にして絵を描いているのかを発信したり、本来であれば幼稚園の子どもたちと一緒にワークショップをする計画もあったのですが、幼稚園の組ごとに分散して美術館に来ていただいて、作家さんが目の前で絵を描いてみせるという形に変えたり、そんな新しい発表?表現?交流の仕方を模索した1年になりました。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん 若手作家企画展として2018年に開催された、本学卒業生?池田洸太さんの個展『僕がどこへ行っても』
若手作家企画展として2018年に開催された、本学卒業生?池田洸太さんの個展『僕がどこへ行っても』。(写真提供:寒河江市美術館)

――その中で新たな気付きというのはありましたか?

白田:コロナ禍だからこそ「芸術を必要とする人」、「芸術を見たい人」が必ずいることを実感しました。そういう方たちのためにも、本当に難しい状況ではありますが、新しい工夫をしながら芸術を楽しめる場を提供し続けていかなければならないと改めて強く感じました。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん インタビュー中の様子

寒河江市美術館はワークショップを中心としていたので、その機会に作家さんのことを知ってもらうことが多かったんですよね。でもそれができなくなってしまった今、どう発信していこうか考えた時、美術館に直接来られなくても情報が知れるようにTwitterやFacebookなどに力を入れる必要があるというのも感じたところです。

――ところで、この専門員のお仕事と出会ったきっかけは?

白田:卒業したら学校の先生になって子どもたちに美術を教えたい、という気持ちが強かったので、在学中は中高の美術に加えて小学校教諭の教職課程もとっていました。でも結局その時はうまくいかなくて、どうしようという時に寒河江市美術館の存在を知って、お話を聞いてみたんです。そしたら子どもたちに美術を教える機会やワークショップ、また小学生の作品を集めて展示するようなこともしていると教えていただいて。私がいた総合美術コースではまさに、子どもたちと一緒に美術をつくり上げるようなワークショップをたくさんしてきたので、それを生かせる絶好の場所だと思いました。その後、面接していただき採用となりました。

――結果的に、子どもたちに美術のことを教えられる仕事に就けたわけですね

白田:もう、すごくうれしいです。自分のやりたいことを仕事にできているというやりがいを感じますね。

社会とアートをつないだ先にある豊かさ

――総合美術コースで学ぼうと思った理由を教えてください

白田:私は山形県立山辺高校の福祉科で3年間介護について学んで、大学も福祉医療系を勧められていましたが、芸工大に行きたいという気持ちは中学校の頃からずっとありました。小さい頃から絵を描くのが好きだったので、その勉強がしたいというのが根っこにあったのと、芸術は特定の人だけでなくいろんな人の心を支えることができると思っていたからでした。ただ、どのコースに行くのがいいのか分からなかったので、オープンキャンパスに行っていろいろ話を聞きました。その中で見えてきたのが、私は黙々と絵の勉強をするよりも、子どもたちやいろんな方々と絵やものをつくっていくための勉強がしたい、ということでした。総合美術コースはワークショップを主軸に置いていて、社会を通じて芸術が学べるというところが魅力だと思ったので選びました。“みんなで”というのが好きで、そこが一番の決め手になったかもしれません。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん 美術館でのお仕事の様子

――実際に入ってみて、求めていた学びができた実感はありますか?

白田:すごくあります。中でも強く印象に残っているのが、芸工大の近くにある山形市立滝山小学校で行ったワークショップですね。滝山小学校の恒例行事に「ふれあい体験楽校」というものがあって、総合美術コースでも枠を1つ頂いているんですが、そこでやる企画をみんなで持ち寄って、その中から私の案が採用になったんです。企画から何から全て考えなければならなかったので、1年生から6年生までみんなが楽しめるにはどうしたらいいかとか、どれくらいの人員を確保するかとか、教室内のレイアウトをどうするかとかすごく大変でした。子どもたちがケガをしたなんてこともあってはならないですし。

そんな時、年下年上関係なくいろんな学生がアドバイスをくれて、先生からも助言を受けながらみんなで切磋琢磨して準備を進めていきました。次第に仲間との信頼関係も築けていって、誰がどんなものが得意かという人間性も知ることができました。改めてワークショップというのは1人ではできないものだと実感しましたね。

――それはどのようなワークショップだったんですか?

白田:名画をキャンバスにしちゃおうということで、例えば「モナ?リザ」の顔の部分を切り抜いて真っ白にして、そこに自分だけの絵を描いてみるとか。イメージとしては、教科書に載っている偉人の写真にいたずら描きするような感覚ですね(笑)。小学生だったらみんながやりたくなるようなワークショップで、タイトルは「きみも天才画家になろう!」でした。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん 在学時代に山形市立滝山小学校「ふれあい体験楽校」で行ったワークショップの様子
山形市立滝山小学校「ふれあい体験楽校」で行ったワークショップの様子。

――参加した小学生の反応はいかがでしたか?

白田:リピーターがすごく多かったんですよね。名画を10種類ほど用意して1人1枚という感じで回していたんですけど、「10種類全部やりたい」って子が出てきて。結構多めに見積もって枚数を用意したんですけどそれでも追いつかなくて、それぐらい描きたい意欲というのがあるんだなと感じました。みんなすごい笑顔で無心に描いてくれて、その姿を見て本当にやって良かったと思いましたし、「このワークショップを通して“美術って硬くならなくていいんだ”ということを学びました」という言葉をもらえて、すごくうれしかったです。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん 在学時代に山形市立滝山小学校「ふれあい体験楽校」で行ったワークショップの様子

――絵に苦手意識がある子でも楽しく参加できる内容だったんでしょうね

白田:実際そういう声もありました。絵があまり得意でない人にも思いを馳せられるのは、もしかしたら総合美術で学んだからこそできることなのかもしれません。

――その頃の学びは、今どのような形で生かされていますか?

白田:ワークショップを計画する時に生かされるのはもちろんなんですが、総合美術コースでいろんな素材に触れられたことも今の仕事に大きく生かされています。

美術館で展示する作品のジャンルってすごく幅広くて、洋画や日本画、書道、彫刻、写真など多岐に渡ります。そこにギャラリートークなんかも入ってくるんですが、総合美術コースではいろんなジャンルのものをひと通り勉強しているので、例えば使われている素材や扱い方、保存状況についての説明ができたり、作家さんともお話しやすかったり、大学4年間で学んだこと全てがどこかしらにつながっていて、生かすことができているといつも実感します。

――これから先に向けて描いているビジョンや今後の目標があれば教えてください

白田:今後の一番の課題は、ワークショップの幅を広げていくことですね。寒河江市美術館はビルの中にあるのでギャラリーとそんなに変わらないというか。でもそこは美術館らしく、ワークショップを通じて寒河江市を盛り上げていける存在になれたらと思っています。一番いいのは、活動されている市民の方の日本画教室や洋画教室といった講座が開けることだと思うので、今後ぜひ進めていきたいですね。寒河江には芸術に興味のある方がたくさんいらっしゃって、市民の方ともとても距離が近く、芸術に関するいろんな情報をもらえるのですごくありがたく思っています。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん 来館者に作品の説明を行う様子

――それでは最後に受験生へメッセージをお願いします

白田:社会に出てみて実感したのは、世の中には多くのアートやデザインが溢れているけれど、芸術に長けた人は周りにはいないということでした。でもそれは言い換えれば、芸術に長けている人を必要とする場所は、社会の中にたくさんあるということ。だからこそいろんな素材に触れられる総合美術コースで学び、選択肢を広げていってほしいですね。

自分が何を極めたいのか分からず悩んでいる人もいると思うんですけど、そういう人でも、授業を受けていく中で「あ、これ面白いかも」と興味が湧くものに出会えるはずですし、総合美術にはジャンルの壁がない分、最初の1歩が踏み出しやすいんですよね。実際、このコースで触れたものがターニングポイントになった同期の仲間は多くいました。

それからやっぱり、人と関わるのが好きで絵も好き、みたいな人は総合美術コースに向いていると思います。

私は美術館の仕事をやってみて、社会と芸術をつなぐ架け橋のような存在かもしれない、と思う場面が幾度となくありました。世の中における芸術の必要性はますます高まっています。社会とアートをつなぐ総合美術コースの学びをぜひ多くの方に知ってほしいですね。

寒河江市美術館 美術館専門員 白田歩香さん

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絵が上手?下手という視点ではなく、芸術に対してどう関わりを持ち、それをどのようにして社会につなげていくかを学んできた白田さんだからこそできるお仕事と言っても過言ではないでしょう。そこから見えてきた、自己肯定感。絵を描くのが苦手な人であっても、「美術は硬くならなくていいもの」つまり「ありのまま楽しめばいいもの」であることを、ワークショップを通して多くの人に伝えられていると感じました。市民と共に歩む寒河江市美術館のこれからがとても楽しみです。
(撮影:志鎌康平 取材:渡辺志織、企画広報課?須貝)

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東北芸術工科大学 広報担当
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