【マンガ教育対談?文芸学科】あらゆる表現形態を俯瞰的に学んでいるからこそ生まれる、ストーリーやキャラクターの幅/石川忠司文芸学科長×ナカタニD.准教授

インタビュー

2023年よりプロのマンガ家が教員として着任し、作画やコマ割りなどマンガ創作について本格的に学べるようになった文芸学科。そこで、学科長であり文芸評論?小説分野が専門の石川忠司(いしかわ?ただし)教授と、現役のマンガ家で、長年マンガ教育にも関わり続けるナカタニD.准教授にインタビュー。文芸学科におけるマンガの学びの位置付けや、日々行われている授業内容についてお話しいただきました。

対談の様子
対談の様子

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「文芸」と「マンガ」の間に境界線はない

――はじめに、文芸学科でのマンガの位置付けについて教えてください

石川:言葉が少しでも関わる創作については、すべてカバーしたいと考えています。それが文芸学科のコンセプトだとすると、今の時代やっぱりマンガの実作というのは欠かせないと思うんですね。実際、文芸の学生って当たり前のようにイラストを描いていて、割と上手だったりします。なので、小説?物語の創作、小説?マンガについての研究、そしてマンガの実作を創作コースの三本柱として位置付けています。入試の面接をしていても、「マンガを描きたい」という志願者は増えていると感じます。

学科長であり文芸評論?小説分野が専門の石川忠司 教授
学科長であり文芸評論?小説分野が専門の石川忠司 教授

――その中で今年、ナカタニ先生を教員として迎えたねらいとは?

石川:物語、ストーリーのつくり方をアドバイスできる状況は以前からあったのですが、ナカタニ先生に来ていただいたことで、マンガそのものを教えられるようになりました。作画やネームのカット割など全部教えられるようになったというのは大きな変化だと思います。やっぱりマンガならではのストーリーの在り方っていうのがあるんだな、というのを最近ナカタニ先生から教わっているところです。

ナカタニ:このコロナ禍でマンガが一斉にSNSで広がって、読者のマンガ消費量というのが半端じゃなくなったんですよね。描くことも含めて、世の中がマンガに対してすごく貪欲になった。だから、つまらないものを描くとバレるんです。作者も相当レベルを上げないといけない。「この世界だけは誰にも負けない」と深掘りした世界を自分で持っている人でないと、通用しなくなってきている。だけど実は自分の身のまわりで起こったことを描くだけでも、作品って成立するんですね。自分の人生を本当に深く深く掘って描いていけば、読者はすごく興味を持ってくれるということも合わせて教えていきたいなと思っています。

文芸学科へ来てからいろんな先生方の授業を勉強させてもらいましたが、やっぱりすごいんですよ、物語のつくり方が。この学科では小説とか評論とかあらゆるものをカバーしているので、「物語のつくり方にこんなに幅があるのか!」と驚きました。じゃあ、マンガ家である僕がバランス的にこの大学で貢献できることは何だろう?と考えると、やっぱりキャラクターのつくり込みかなと思うんですよね。

現役のマンガ家で、長年マンガ教育にも関わり続けるナカタニD. 准教授
現役のマンガ家で、長年マンガ教育にも関わり続けるナカタニD. 准教授

石川:うちの学科ではこれまで物語をつくる時、時間軸でどうなっていくのかってところに気を取られすぎていたんですよね。どういうキャラクターがどう動くのかっていうのを特に意識していなかったというか。でもマンガ志望の学生はもちろんのこと、小説志望の学生にもキャラクターのつくり方という部分で共通項が生まれて、これはうまいところに収まってもらえたなと思いました。

ナカタニ:みんな自分と同世代のキャラクターなら描けるんですけど、自分と歳の離れた年配の人となると全然キャラクターをつくり込めない。ま、そりゃそうですよね。その時代を生きていないので。でもそれが描けるようになると、急にストーリーに幅ができるんです。説得力が出てくるんですね。要するに同世代だけでやりとりしていたら、成長の度合いって分からないんですよ。だから僕の課題ではおじさん?おばさんばかりの絵を用意して、その中から気に入ったキャラクターを一人選んで深掘りするという授業を1?2年次の必修にしています。その時、キャラクターを立てるための外面?内面の履歴書を作ってもらうんですけど、みんなが出してくるものを見るとさすがやな、と。

例えばマンガをつくる時は、キャラクターを先につくってからストーリーにいくわけです。キャラクターとキャラクターの出会いで化学変化が起こって、そこからどういうストーリーになっていくかっていう。でも文芸学科の学生たちの場合、すでに物語のつくり方を熟知しているので、ストーリー前提でキャラクターをつくってくるんですね。だから大半の人がストーリーまでできていて、「文芸がマンガをやるってすっげー!」って思いました。文芸がキャラクターを考えると、本当に深いところまでキャラクター像を設定することが可能なんだなというのを教えてもらいましたね。

石川:うちはマンガ科ではないけれど、教員がマンガを読んでいる率はめちゃめちゃ高いと思います。僕も小学生の頃はマンガ家志望でしたし。

ナカタニ:え、本当ですか!?

石川:『ワイルド7』というマンガが大好きで、『デビルマン』も『あしたのジョー』も大好きで、それで育ってるから頭の中でマンガと文学の区別をあんまりつけたことがないんですよね。だからマンガと文芸が両立するということに関しては何の違和感もなくて。でも職業上、文芸評論みたいなことをやり始めてしまったので、どうしてもそういうことを書いて教えているうちに、“時間軸に沿って○○が起きて、次は△△が起きなきゃいけない”みたいなことを考えたり教えたりするようになって。だからナカタニ先生に入ってもらったことで、「やっぱりキャラが欠けてたよな」というのが分かりました。

ナカタニ:石川先生の中では、すでに両立の構造ができあがっていたんですね。

石川:だっておそらく小説だけ読んでマンガ読まないって人、いないと思うんですよね(笑)。だから学科の中で特に分断しているわけでもなく区別があるわけでもなく、極めてシームレスで良い感じに回っていると思います。

ナカタニ:なんだかすごく大切にされている感じがします(笑)。

嫌な思い出こそ、最高のエンターテインメント

――先ほどナタカニ先生のお話の中に「自分の人生を深掘りする」というお話がありましたが、そのために必要なものとは、やはり“経験”でしょうか?

ナカタニ:そうですね。僕は自分の経験を通じてプラスになったことをメインにやっていきたいので、マンガゼミではまず自分自身を深掘りするため、“みんなが知っているあなた”と“あなただけしか知らないあなた”を全部書いてもらって、自分がどんなヤツだったかっていうのを思い出してもらうんですね。そしてそれをフォローするものとして、“言葉”で思い出してもらう。“あの時言ってしまった言葉”とか、“時間を戻してでも伝えたい言葉”、“本当に人生の色が変わるくらい嬉しかった言葉”とか、逆に“色が変わるくらい落ちてしまった言葉”とか。それを僕が見ることはないんですが、とりあえずみんなに思い出してもらって、その上で自分の人生グラフを書いてもらいます。で、ペアになってお互いのストーリーを短く語った後、それぞれどこが一番面白かったかグラフに印をつけてもらうと、自分が一番面白いと思って語ったところとちょっとズレてることが多いんです。

それはなぜかと言うと、相手が“読者目線”で見ているから。自分はいくら辛くて思い出したくない過去であっても、読者から見たら実はそこが一番面白いエンターテインメントだったりするんですよ。だから、自分の人生そのものをなかったことにするのはもったいない。もう全部活かして物語をつくりましょう、というのがコンセプトになっています。で、その面白いと言われたところを数ページの物語にするためにネームを描いてもらうんですが、まずはキャラクター表をつくって、それから、その時何が起こったかっていうのを6~8ページぐらいのマンガにしてもらっています

マンガゼミの授業で使用されている記入表
マンガゼミの授業で使用されている記入表

ナカタニ:あとは映画も山ほど観てもらいます。映画が大きなビジネスになった1970~80年代、シド?フィールドという人が三幕構成というものをつくって、それをハリウッドの学校や大学で教えたことで、みんながそのセオリーで映画を作り始めたんですね。「客が飽きないように、ここにはこういうピンチを持ってこよう」みたいな。その三幕構成をもとに、例えば“この映画では三幕のうちの一幕で何が語られていたか”というのを一言で語り尽せるくらい分析してもらうんですけど、そのためには各シーンの意図をちゃんと理解しておかなくてはいけません。一つ一つのシーンを紐解いていって初めて、「伏線ってそう張るんだ!」とか「あれってそういうことやったんや!」と腑に落ちるわけです。それを3回、4回と繰り返しながら映画をネームに落としていくことで、“あのシーンをマンガに落とすとどうなるか”というのを体感しながら覚えてもらっています。今の世代の子は“タイパ(=タイムパフォーマンス)”って言って、例えば2時間の映画を倍速で見たりするらしいんですけど、文芸にはそういう子がいない。そこが本当に素晴らしいと思います。すべてのシーンやセリフにも、一つ一つに作者の意図があるわけですからね。

映画を観て学生が描いたネーム
映画を観て学生が描いたネーム

――絵のスキルアップについてはどのように指導されていますか?

ナカタニ:人の顔を見た時、目カメラで印象を絵に描ける癖をつけてもらいたいので、まずはペアをつくって最初10分で相手を描いてもらいます。その時モデル役の人に一つの感情をイメージしてもらい、描く人は相手がどんな感情なのかを考えながら描く。そして最後に答え合わせをするんですけど、マンガの絵っていうのは“形”だけではなく、“動き”と“表情”が大切なんですね。なので、そのためのデッサンクロッキーをやってもらっています。そして3年生になったらもっとしつこく、10分→5分→1分とクロッキーサーキットを続けていく。するとだんだん絵が上手くなっていくんですよ。

絵は字と一緒で、枚数描けば絶対上手くなるんです。その時に大事にしているのは、全身を描く癖をつけてもらうこと。顔ばっかり描いていると身体だけ全然描けなかったりするんですけど、何度も全身を描いていると苦手意識がなくなって、いろんな構図が描けるようになる。それはもう確信を持ってみんなにやってもらっています。 私の経験上、マンガって描かなくても考え方とか発想自体が社会で生きていく上で十分武器になるんですね。大事なのは、物事をどれだけいろんな角度から見ていけるか。僕のカリキュラムと出会ったことで、それ以後の作品制作や考え方に少しでも幅ができて、それをみんなに感じてもらえるような機会になったらいいなと思っています。

授業で学生が描いたクロッキー(左が15分、右が1分で描いたもの)
授業で学生が描いたクロッキー(左が15分、右が1分で描いたもの)
全身を描くことで上達がみられた学生の作品(左は本格的に学ぶ前、右が全身を描き始めた後)
全身を描くことで上達がみられた学生の作品(左は本格的に学ぶ前、右が全身を描き始めた後)

石川:文芸学科ではもともと「いろんな角度から考えましょう」ってことを言ってきていて、今回ナカタニさんが入ってくれたことで、そこにマンガというものが付け加えられて―。僕は評論のアイディアを練る時、言葉のみで考えていくわけではなくて、他人にはよくわからない「記号」や「人間っぽい絵」や「猫っぽい絵」と言葉を矢印等でつなげたり、要するに言葉と絵を組み合わせながらものを考えていくんですね。発想って、言葉に絵を加えることで広がっていくんですよ。だから、ものを考える上ですごく強力なツールが加わったなという認識があります。

――言葉に絵を加えることで発想が広がったり、言葉の記憶にフォーカスしたマンガの授業があったり、言葉と絵の関係性にとても面白さを感じます

ナカタニ:それで言うと、文章を絵にするっていう授業もあるんですよ。小説というのはいかに情景描写できるかなので、マンガ家であるこちらからも何か力になれたらと思って。その授業では人の寝姿だけ描いてある絵を学生に渡して、その人がどんな人なのかを、例えば枕元に置いてあるものやどういう部屋に住んでいるかというところで表現してもらう。

要は “もの”でキャラクターを立てるってことをやってもらうんです。やっぱり小説を勉強してきた人はすごいなと思いました。例えば、“TWICEの推しをやっている人”だったり、“ケガをしている野球選手”だったり、“娘がいたんだけど死んじゃって離婚もしている人”だったり。あと、“刑事を追われた身でありながら捜査を続けている人”とか、その辺のストーリー設定が細かくて面白いんですよね。それを絵で表現することは学生にとってもトレーニングになったでしょうし、逆に僕も勉強になりました。

――ちなみに卒業後、マンガ家になれる可能性というのはどのくらいあるものなのでしょう?

石川:マンガ家としてデビューするのと、マンガ家として食っていくのとでも違いますしね。

ナカタニ:そうですね。僕は大学を卒業した後、会社員になったんですけど、就職しておいて良かったなと思っています。というのは、就職することによって、多分最初からマンガ家になっていたら一生付き合うことなかっただろうなっていうホントに嫌な人とも出会えたから(笑)。今の僕の作品を支えてくれてるのはそういう人たちで、全部僕の中のキャラクターボックスに入ったんですよね。だからキャラクターを考える時は、自分と全部地続きで物語をつくっていく。そうやって自分に起こった出来事を大切にしていける方が、僕は良い作品をつくれると思います。就職して嫌な思いもしたし、本当に辛い思いをしたことなんかもあったけど、それが今となっては僕の財産ですし、未だに現役でマンガ家を続けていられるのはそういう人との出会いがあったからで、それがなかったら多分もうネタ切れしてたでしょうね(笑)。学生には「今の時代、作家にはいくつになっても挑戦できるから、作家になった後ネタ切れしないためにも社会は絶対見ておきなさい」と伝えています。最初の方で話した通り、嫌だったことや辛かったことが、実は一番みんなに共感されて、一番面白いと思われるところだったりしますから。

海外でも翻訳されて読まれているナカタニD.准教授の作品『リバーシブルマン』
海外でも翻訳されて読まれているナカタニD.准教授の作品『リバーシブルマン

――文芸学科には仕事をしながら執筆活動を続けている卒業生もいらっしゃいますしね

石川:現実的にそうせざるを得ないというのもあるんでしょうけど、やっぱり社会には出た方がいいですよね。大学の中にいるうちはなんだかんだ言って守られているし、教職員も良い人が多いじゃないですか。でも外に出ると結構ヤバい人もいますから(笑)、それを見ておくのも経験になると思いますよ。

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「マンガの難しいところは、面白くないと思ったら読者はスグに読むのをやめてしまうこと。“つかみ”がどのメディアよりもキツいんです」とナカタニ准教授。だからこそ、最初から興味を持ってもらえるキャラクターの立て方や、ページをめくってもらうための“フック”となる演出の学びも大事にしていると言います。日々、物語を創作し続ける文芸学科の学生たちが、そういったマンガならではの見せ方をも習得した上で描く作品とは一体どんなものなのか―。それを想像するだけでとてもワクワクした気持ちになりました。

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(文:渡辺志織、撮影:法人企画広報課?加藤)

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