東北芸術工科大学学長 中山ダイスケ
変化の激しい時代だからこそ、
自分が夢中になれる何かを大切にしてほしい。
そして、芸工大でのアート&デザインの学びから、
それを見つけてほしい。
あなたがおもしろく生きることで、
社会全体がおもしろいものに変わっていくのだから。
なかやま?だいすけ/アーティスト、アートディレクター。アート分野ではコミュニケーションを主題に多様なインスタレーション作品を発表。1997年よりロックフェラー財団、文化庁などの奨学生として6年間、NYを拠点に活動。1998年第一回岡本太郎記念現代芸術大賞準大賞など受賞多数。1998年台北、2000年光州、リヨン(フランス)ビエンナーレの日本代表。デザイン分野では、舞台美術、ファッションショー、店舗や空間、商品や地域のプロジェクトデザイン、コンセプト提案などを手がける。2007年より本学グラフィックデザイン学科教授、デザイン工学部長を経て、2018年より東北芸術工科大学学長。
皆さんが目指す「幸せ」とはなんでしょう?
これまでの「幸せの指標」は、お金や財産、地位や名誉といった他の誰かと比べられるものでした。また、世界の国々が血を流しながら競い合ってきた幸せも、経済力や科学技術力、国土の面積や資源の量、それらを守る軍事力といった比較可能なものばかりでした。
しかし、新型コロナや世界中の紛争で自由や行動を制限された私たちは、自分自身を見つめ直す時間の中で、自身にとっての「幸せの質」について考え始めました。
その幸せの「質」にあたるのが、自分にとって「おもしろい生き方とは何か?」という問いです。自分自身が本気でワクワクできるのか、夢中になれるのか?という、あなただけが決める価値観のようなものです。
特に、皆さんのようにクリエイティブの世界を目指す人たちは、「おもしろく生きたい」と、誰よりも強く願っていることでしょう。私自身もその一人です。
大学選びで人生の全てが決まるわけではありませんが、芸工大にはそんな「おもしろく生きる」ためのヒントと引き出しがたくさんあります。
おもしろく生きることは、あなたの「Quality of Life」の基本となる大切なポイントであり、社会全体にも影響する大切な考え方です。芸工大でのアート&デザインの学びは、いわばそのための学問なのです。
おもしろく生きるとは、ただ楽しく笑って過ごすという意味ではなく、自分にとって大切な何かを見つけ、一生追求し続けることです。これだけは捨てられない何かさえ持っていれば、たとえ世界がひっくり返っても顔を上げて前に進めます。そんなおもしろい生き方のヒントは、おもしろく学んでこそ見つけられます。
おもしろく学ぶために、芸工大が用意しているものが三つあります。一つ目は「クリエイター教員(実務家教員)」です。ここまで多くの現役クリエイターを、専任教員で揃えている大学は他にはありません。各分野のプロたちは、この難しい時代を逆手に取り、数々の難題をアイデアに変換し、前向きに乗り越えている強者たちです。つまり、目の前の教員たちが、おもしろく生きている人間のサンプルです。
二つ目は環境です。大自然に囲まれた美しい東北の山形ですが、少子高齢化や人口減少などの社会課題が多い「課題先進県」。この山形という場所を「世界の縮図」として捉え、クリエイター教員と学生が共に学びながら、さまざまなクリエーションを生み出しています。リアルな地域社会が芸工大の教室です。
三つ目は、異種分野のコラボレーションです。本来はアートやデザインに細かなジャンル分けなんて無意味です。まずは自分が学ぶ専門分野を立ち位置として、そこからさまざまな別の表現と関わり合い、混ざり合っていく学びが芸工大のメソッドです。
また、本学は基盤科目(教養科目)も、クリエイティブのために必要な教養に特化していますから、学生も教養の学びに熱心です。アートとデザインを複合的に学び、実社会で試すことを大学全体のコンセプトとし、専門分野を横断するプログラムや、複数の分野が合同で取り組むプロジェクトがたくさん用意されています。
芸術大学に進学する人は、幼い頃から「創作が好きな人」「才能やセンスがある人」だけ、というのは昭和の話です。皆さんの保護者の中にも、未だ「アートやデザインなんて食べていける世界ではない」と考える古風な方が多いと思います。しかし、今やアートもデザインもゼロから学ぶことのできる「学問」で、社会全体に必要な「教養」であり、そしてさまざまな「職業」の入り口です。現に芸工大の就職率は全国でもトップクラスです。
そんな本学が、なぜいち早く実技試験偏重を見直したのか?その理由は、好奇心に溢れ、世の中に対する違和感を持ち、あたりまえをひっくり返せる柔らかな人、何よりも「おもしろく生きたい」という欲望を持った人と出会いたいと思ったからです。
センスや経験なんて今から心配する必要はありません。入学すれば必ず身に付きます。それよりも、これまで自分が熱心に取り組んできたスポーツや音楽、勉学でもゲームでも、また、それがうまくできなかった後悔や失敗談も含めてあなたの経験を愛し、見つめてみてください。そうすればきっと、あなたが目指すべきおもしろい生き方や、芸工大で学ぶ姿が重なってくるはずです。
「真ん中」に大都市を置き、周囲の地方が羨ましがりながらマネをしていた時代は終わりました。インターネットによって、世の中から「真ん中」が消え、今ではあなたがいるその場所も立派な世界の中心です。どこからでも世界と対等につながることができるのです。
日本全体の人口が激減している今、近い将来には大都市に建て過ぎたビルやマンション群も空き家と化し、今の地方課題とは比べものにならない規模の大問題になるでしょう。
つまり、かつての大都市から中規模都市、地方都市から山村へ……と、順番に発展してきた社会の歩みは止まり、今度は逆に、地方の小さな地域から順番に、アイデアや工夫、つまりクリエーションで社会課題に向き合う新しい時代が始まりました。この山形という場所は今、新しい日本社会の最先端なのです。
社会課題の解決にはまだお手本がありませんが、ここ東北にはかつてちょうどいいサイズで人々が集まり、人々が協力しながら長らく豊かに暮らしたとされる縄文時代の集落がたくさんあった場所です。
これからの時代のコンパクトシティーのモデルとなるような集落や風習、言い伝えを学ぶことのできる歴史系の学科が充実しているので、最新テクノロジーと古(いにしえ)の文化を同時に学ぶことができる環境も芸工大の自慢です。いずれは私たちが山形で生み出した最新で最古の工夫が、日本社会のお手本となったりするかもしれません。
そんな特別な地域にあるアート&デザインの大学ですから、本学は東北?山形のクリエイティブ?センターという役割を担っています。行政や地域、企業や市民から相談される案件は年間100件以上。それらを教材にこれまで学生とクリエイター教員が共に取り組んだ成果が、地域にはたくさん実在しています。学生のうちにリアル社会と関わることで、社会との対話力に長けた、柔らかな学生が自然に育つのだと感じます。
その昔、アートやデザインといったクリエイティブは、人の生き死にとは無関係な、忙しい社会の「お楽しみ担当」でした。しかし今は、あなたが描いた一枚の絵が誰かの心を救い、あなたがデザインした街やシステムで、人々が生きる喜びを取り戻し、あなたが生み出した言葉や映像が、どこかの誰かの目を開かせる、社会はそんな創造的な進化を求め、書店にも「デザイン思考」や「アートの力」と謳われた本が溢れています。クリエイティブ力こそが、社会を発展させるための新しい力であることが、世界から期待されている、そんな時代はこれまでありませんでした。つまり、あなたが何かを追求し、おもしろく生きようとすることは、決してあなただけの欲望には終わらず、他の誰かの欲望と結び付くことが期待されているということです。
さらに、時代の変化で急速に身近になった最先端テクノロジーも、果たして人類の何を変え、何を変えないのか?という探求が始まったばかり。芸術が求めてきた美しさや、人間の心と身体の感覚が、どこまでテクノロジーに置き換えられるのか、とても楽しみです。
もしかすると、長らく人の心を置き去りにして発展してきたこの社会をおもしろく再生するきっかけは、「テクノロジー」と「心」の両輪なのかもしれません。その両輪を結び付けて実験し実証してみる学問としても、アート&デザインは最適だとは思いませんか?
他の芸術大学とは全く異なるコンセプトで、校舎のデザイン同様にとんがっている大学です。おもしろく生きたい、おもしろい世界を創りたいと願う人は、ぜひこの東北芸術工科大学に集まってください。
なかやま?だいすけ/アーティスト、アートディレクター。アート分野ではコミュニケーションを主題に多様なインスタレーション作品を発表。1997年よりロックフェラー財団、文化庁などの奨学生として6年間、NYを拠点に活動。1998年第一回岡本太郎記念現代芸術大賞準大賞など受賞多数。1998年台北、2000年光州、リヨン(フランス)ビエンナーレの日本代表。デザイン分野では、舞台美術、ファッションショー、店舗や空間、商品や地域のプロジェクトデザイン、コンセプト提案などを手がける。2007年より本学グラフィックデザイン学科教授、デザイン工学部長を経て、2018年より東北芸術工科大学学長。